※「被災牛と歩んだ700日 東日本大震災における被災家畜対応記録集」より引用
①種:和牛
②頭数:不明
③電気:〇
④水道:〇
⑤エサ:不明
⑥当時のエサやり(通った)頻度:8/31まで4~5日おきに小高の家へ給餌に通った。
⑦震災当時の状況把握:4/25 に市役所の人と小高の現状を見て回った。地獄絵図であった。(原発から21㎞付近)
⑧放牧:不明
⑨牛の移動:不明
⑩金言:不明
2011.3.11 – 避難すべきか悩む。(どこへ?牛たちは?)
2011.3.12 – 一度避難するも出産予定を1週間も過ぎている初産の牛が気がかりで自宅へ戻る。午後3時頃、無事生まれる。仔牛に「のぞみ」と名付ける。
2011.3.15 – 近くの小学校へ避難。(牛の世話に通える距離)4~5日おきに小高の家へ給餌に通う。
2011.4.25 – 市役所の人と小高の現状を見て回る(地獄絵図)
2011.5.20 – 帰宅。放れ牛豚に、庭、納屋、味噌小屋をめちゃめちゃにされていた。
2011.8.31- 牛たち全て殺処分。自宅の畑に仮埋めする。その後も小高で牛が処分されるための作業をする。
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